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しみじみと半世紀、でも冷や水あびまくり

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初天神

さて、これは何でしょう?
kameidouso1.jpg

中身はこれ。
kameidouso2.jpg

亀戸天神の木鷽(きうそ)です。微笑んだような顔で愛らしい。

毎年1月25日は初天神。菅公を祀っている多くの神社で前日の24日と合わせて鷽替え神事が行われます。今年は厄年だし、ちょっくら行ってみようと湯島天神と亀戸天神をはしごして木鷽をいただいてきました。

東京の鷽替え神事は湯島天満宮、亀戸天満宮、そして上野の五條天神社がよく知られています。
事前にネットで調べてみたら、五條は授与数が少ないので相当早く行かないと入手困難のようなので最初からパス、湯島と亀戸は午前中に到着して並べば大丈夫だと踏んで二社に絞りました。
まず湯島天神に到着。久しぶりだわー。
yusimaume.jpg
梅が青空に映えます。

受験シーズンなので大行列かと思ったらそれほどでもなかった。
yusimausokae.jpg
10分ぐらいでゲット。
yusimauso1.jpg
大と小の二種類。わたくしは小にしました。
湯島の木鷽は樹皮をそのまま残した素朴な形。とぼけた顔をしています。

御朱印をいただき、お詣りをすませて亀戸に向いました。
湯島から亀戸までは都バスを利用しました。鷽替え常連の方のブログをチェックしたら鉄道よりもバスの方が楽とあったのです。
湯島天神から徒歩7、8分の池之端一丁目のバス停から亀戸駅行のバスに乗ると、亀戸天神の真ん前まで連れて行ってくれます。乗車の目安は40分ぐらいとのことですが、この日は道が混雑していて1時間ぐらいかかりました。でも根津、谷中、浅草、入谷と車窓から下町を眺めるのは楽しいし、何より亀戸初心者には目的地に迷わず行けるのはありがたい。ただしこのルートは運行本数が1時間に1,2本なので時刻表をチェックしておいた方がいいでしょう。
 
亀戸天満宮に到着。
亀戸天神の鷽替えの行列はハンパないと聞いていましたが、やはり大行列でした。鳥居のそばで警備員のおっちゃんが「鷽をお求めの方、1時間半ぐらいかかりまーす」と拡声器で案内してたもんね。まあ並ぶのは覚悟してたし防寒完全武装してきたし若冲の時と比べればずっとマシだわと列に加わりました。持参した文庫本を読んだり咲き初めの梅を眺めたり(湯島の方がしっかり咲いてた)で1時間半(警備員のおっちゃんの言葉は正しかった)。前日24日に並んだ人たちは丁度寒さの底で相当辛かったようですが、25日は日差しポカポカ、風もなく助かった~。
kameidoume.jpg
枝垂れ梅が多いせいかまだ蕾状態の木が多い。

亀戸天神の木鷽は毎年3万体も用意されるらしい。大きさも11段階。そして一番大きい十号(7千円!)が真っ先に完売となる。おお、菅公のパワーはすごいぞ。数もそれほど作ってないのでしょうが、初天神の時にしか手に入らない縁起物、値段が高くても欲しいという人が多いようです。
途中で一番小さい一号が売り切れるも一段階大きい二号と懐中用のおチビ0号を無事ゲット!
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おチビも丁寧に作られていて感激。木鷽は神職の方たちが全て作るのだそうです(3万体…)
境内では初天神ということで里神楽・葛西囃子が演じられていました。しかし鷽替えで並んでいるところからは見えないのよ~。音だけで我慢。残念。
お詣り+御朱印をすませてお宮を後にする頃には警備員の案内が「今から並んでも鷽は買えないかもしれません」に変わっていました。やはり午前中に行くのが正解なのね。

帰りは銀座に寄って千疋屋で今年お初の苺パフェを堪能。並ぶの慣れてるといっても昔より体力なくなったなあ。
senbikiyaichigo.jpg
あ~、旨かった。やはり王道は違う。これでだいぶ回復しました。

usoall.jpg
我が家の木鷽さん揃い踏み。手前のガンつけ木鷽は太宰府天満宮のもの。他所のところに比べると派手でしょ。飛び回って蜂喰ってるので戦闘的なのです。
ただこれは参道で売っている土産物なのでした。天満宮のホンモノが欲しいけど、太宰府の鷽替え神事は亀戸よりハードかもしれない。
暗闇の中で「替えましょ、替えましょ」と参拝者がお互いの木鷽を交換していくので夜に行われるんですわ(夕方に前もって木鷽をゲットしておかないといけない) そして太宰府は盆地なのでものすごく寒い!(福岡市内と2度ぐらいの差がある)雨や雪が降ったらそりゃもう大変なので、二の足を踏んでいるのでした。



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2017-01-27(Fri) 23:35| 年寄りの冷や水| トラックバック(-)| コメント 0

寒中お見舞い申し上げます

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。

さて、わたくしの2016年はBowieさんの死去、イエモンことThe Yellow Monkeyの復活、母の骨折入院転院退院と日々目まぐるしく、さっさと終わった感があります。Bowieさんのことはどうしようもないけど、イエモンはめでたく、母は寝たきりにも認知症にもならずやれやれ、でした。
12月28日にイエモンの17年ぶりの年末恒例ライブに行き、翌日に福岡に帰省。本当はミッチーの年越し恒例ライブにも参戦したかったんだが、今のところ自分のお遊びばかり優先するわけにもいかない。でも、数年のうちには「メカラウロコ」(イエモンのライブタイトル)→「ゆくミッチー、くるミッチー」を実現させたいわ。

お正月は10日まで福岡にいましたが、クマとわたくし双方の実家を行き来したり、母の用事を片付けたりでけっこう忙しなかった。でも、それぞれの実家のご近所神社と太宰府天満宮、天神にある警固神社にはお詣りして御朱印もいただいてきました。そして自分が去年から厄年に突入していたことに気づく…なんたる間抜け。まあ、去年からいきなり御朱印集めを始めたのは何かそういう気配を感じたからなのかもしれません。
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天満宮の「飛び梅」年明け前に開花したと聞いてましたが確認できず。

そして2017年の始まりはボウイさん展とお相撲でした。
今場所はすごくよい席で友人に感謝! 稀勢の里、優勝おめでとう!
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別の友人からもらった写真。

ボウイさん展についてはあとで書きます。



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2017-01-23(Mon) 09:00| 雑感| トラックバック(-)| コメント 0

最終回が続く

「真田丸」が終わってあっという間に1週間がすぎてしまいました。つまらない大河ドラマだと、ようやく終わってホッなんだけど、今回は放送がないと寂しい気がします。
三谷本だから信繁が死んだところは見せないのではと思っていましたが、やはりそのようになりました。「信繁が見た戦国時代を描く」というのがテーマだったしね。
最期を迎える前の信繁の回想で茶々たちが妙に落ち着いた様子なのも、覚悟を決めたからというより千姫を大坂城から出して命乞いをさせる計画の途中だからで、信繁が「生き延びて欲しい」と願っているからかな。
わたくしは、時は流れてヨボヨボになったお兄ちゃんが四代将軍家綱に関ヶ原や大坂の陣のことを語っている姿(もちろんパパ&弟推し)で終ったらいいなあと密かに思っていたのです。
でも実際は壮年のお兄ちゃんの「頑張るぞ!」でシメ。その時一緒にいたのが本多サドで、「おお、こう来たか!」と思いました。この後息子の代で本多家は改易されてしまう、ぴっかぴかの晴天の皮肉。「『二代目』がどう生きたかを描く」というもう一つのテーマにも合っていたし佐久間象山まで出してくるんだから、やっぱただじゃ終わらないわ、三谷本。
きりちゃんをどうするんだろうと思ってましたが、中の人の評価を上げる形で回収したのでほっとしました。でもギリギリまでひどい目に遭わせてたよね。
書きたいことがいろいろあるけど、まとめるのが難しいのでこれで一応おしまい。

今年後半は「逃げるは恥だが役に立つ」も楽しく見ました。途中でBSの「プリンセスメゾン」も加わってドラマが充実の火曜日でした。

「プリンセスメゾン」は逃げ恥同様漫画が原作。自分の家を買うためコツコツ貯金し、モデルルーム巡りをする女の子 沼ちゃんの話。彼女が訪れたマンションギャラリーのスタッフたちがその「本気」を知って親身に世話をする。悪意を持った人は出てこないし、大きな盛り上がりも無い。でも登場人物たちがそれぞれ孤独の深い淵を覗いているところがちゃんと描かれていた。そして孤独を否定しているわけではないんだよね。沼ちゃんが見た目に反してしっかりものなのもよい。なんせ8年ぐらいで800万円貯めてんのよ。どれだけ意志が固いか。
各回に流れる挿入歌が秀逸。第1回なんて『東京砂漠』ですよ、それもクールファイブじゃなくちあきなおみヴァージョン! クールビューティな要さんがbloodthirsty butchersやブルーハーツのファンだというのもすごくいい。
原作者は民王の貝原を演じる高橋一生をモデルに伊達のキャラを作ったとのことですが、本人は演じるのがとても大変だったと思う。でもさすがだ高橋一生、伊達さんでご飯何杯でもいけるぞ。
オンデマンドでドラマを見ることができますが、地上波に下ろしてくれるといいなあ。

今年は30代後半の地味男子が大ブレイクした年だったように思います。
長谷川博己、高橋一生、星野源。ホントに3人ともどれだけ出まくってるの? 




2016-12-25(Sun) 23:56| 未分類| トラックバック(-)| コメント 0

次々と

ヒラミキ突然の訃報もビックリしましたが、わたくしには平尾誠二とビート・バーンズが死んじゃったことの方がもっとビックリ。さらにレオン・ラッセル、グレッグ・レイクもですよ。
今年はBowieさんは別として、キース・エマーソン、プリンス、とわたくしの10代20代を彩ってくれた人たちが次々といなくなって、とても寂しいです。

EL&Pの最初の来日の時、京都観光していたキースは高校の修学旅行の記念撮影に加わった。その修学旅行生の一人がわたくしの友人のお兄さんで、写真を見せてもらったことがある。最初は遠慮がちに後ろの端っこに立っていたらしいが、写真屋のおっちゃんの「外人さんは真ん中に来なはれ」の一言で移動。最前列中央にしゃがみ、学生服に囲まれてニッコリ楽しそうなキース。オールナイトニッポンにEL&Pがゲストで出た時の録音をダビングしてもらって何度も聞いたっけ。当時は3人とも若くて意気がよくって怖いものなし!って感じだった。『タルカス』の三位一体感たらなかったもんね。キースの死が自殺というのは寂しいだけではなく、とても悲しい。

そういえば前述とは別の友人が成田空港でプリンスを目撃した時の話をしてくれたんだわ。デカくてド派手な美女軍団がザッザッと歩いてくるのに遭遇して「ひょえ~」と思ったら真ん中にプリンスがいて、その小ささにビックリしたんだって。
プリンスは本人を熱心に、というよりシーラEとか彼の周りの人たちの曲をよく聴いてたなあ。映画『パープル・レイン』ではモーリス・デイ&ザ・タイムの方が好きだったりします(『ジャングル・ラブ』のパフォーマンスは最高!) 

ピート・バーンズは整形しまくってたから寿命はそれほど長くないかもと思っていました。でも現実になってしまうとやはり寂しい。何をやってもイロモノ扱いされるピートの開き直りっぷりは見事でしたね。愛を求めるのが強い人だったのかなとも思います。Dead or AliveはわたくしにとってまずPVありきなので、iPod mini に入れて聴くバンドではありません。どれか一曲と言われればTurn Around and Count 2 Ten が好きだなあ。もう、80年代満載、ユーロ・ビート万歳!でございますのよ。もちろんPVは必須。

今年ではなく去年なのですが、リッケンバッカー4001の巨人、イエスのベーシスト クリス・スクワイアが亡くなったのにはガックリきました。去年今年と通奏低音にふれる機会がありまして、クリスのベースってまさに通奏低音だったなあと思ったことでした。あの「歌うベース」を聴いて、ベースは単なるリズム隊じゃないんだ!とベース弾きになった人たちも多いことでしょう。
シンセペダル踏みまくってコーラスもやって、あのベーステクニックなのにピック弾きなんて腹立たしい!という可愛さ余ってな文章を大昔のロッキンオンで読んで大笑いしたことがある。
イエスは分裂、解散、再結成と活動がめまぐるしく変化しましたが、クリスは最後まで脱退したことのないオリジナル・メンバーであり続けました。彼が亡くなったのでもうイエスは活動しないだろうなと思ってたら今年11月に来日公演やってるもんね。えーですよ、全く。クリスとジョン・アンダーソンがいないイエスはイエスじゃないと思うのですが。
イエスはスタジオアルバムを聴くよりライブ音源を聴いた方がよいように思います。ベストなライブは1972年から1973年の「Close to the Edge」を出した頃。あの難しい楽曲がまさに怒涛の勢いで演奏される。速いなんてもんじゃありません。そしてカッコイイ。勢いにまかせてがーっと突っ走る、若いって素晴らしい!を実感させる音なのでした。スタジオアルバムが聴けなくなっちゃう。


ところで平尾誠二のことを年上か同い年と思い込んでいました。わたくしより年下だったということを訃報で知ってびっくり。晩年はものすごく痩せて痛々しかったですが、最後までかっこいい人だったと思います。



2016-12-20(Tue) 14:10| 音楽| トラックバック(-)| コメント 0

てくてく峠越え

祝日のきのう、クマと一緒に朝夷奈切通を歩いてきました。
鎌倉幕府執権 北条泰時が作らせたという峠道です。

横浜側の入り口
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庚申塔が並んでいます。
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峠を上り切ったところ。左に行くと熊野神社。
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 鎌倉側に到着。
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鎌倉側の碑。横には小さな滝?が。
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朝夷奈切通は「鎌倉七口」の中で一番明治以前の面影を残しているらしい(横浜側入り口の上には高速道路が通ってるけどね) ただ江戸時代に大改修工事を行って道を掘り下げたとのことで、中世はもっと険しい道だった模様。本来下にあるべき やぐら(中世の横穴式のお墓。)が高い所にあります。ずいぶん掘り下げたんだなあ。
横浜側から鎌倉に抜ける方がご褒美にありつけるのでお勧めです。
ご褒美。鎌倉浪花家の鯛焼きです。
IMGnaniwaya.jpg




2016-11-04(Fri) 09:00| 雑感| トラックバック(-)| コメント 0

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